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私のおきにいりたち、こだわり、国内外ひとり旅、海外生活等々紹介。帰国後結婚し、09年4月に長男、11年5月に次男を出産。子育てブログになりつつも・・・。


by chloe_chloe
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大好きなR.KELLY
応援歌ばかりのコンピレーションアルバムです。

Epic

R Kelly / RCA


# by chloe_chloe | 2011-04-14 16:17 | life
こんな状況下ですが、キッズたろうは
2歳のおたんじょうびを迎えました。

まずは成長記録を。。。
震災後、ここ1,2週間前から大人のまねをして
箸を使いたがるようになりました。
“ママの!(貸して)”と言って使いたがります。
スプーンを渡したり、スプーンで口に運んで食べさせようとすると、
“やめて!”“じぶん!じぶん!”と言って強く拒否するようになり、
大人の箸を持たせると長すぎて難しく、
箸の先をかじって歯型をつけたり折ったりするので
エジソンの箸(左手用)を購入してみました。
まだ上手に指を入れて持つことはできませんが
喜んで遊びながら使っています。

親にとって、中身がこぼれず
とっても楽チンなコンビのストローマグ。
保育園ではもう半年以上前からマグマグ卒業!とのことで
持たせないでくださいと言われ
いくらこぼそうともコップで飲ませる訓練をさせられていたのですが
家ではなかなか止められず、
とうとう2歳まで使用してしまっていましたので
これを機に2歳のおたんじょうびで止めることに。

トイレトレーニングは
う○ちをした後に“ちっち出た!”と言って教えてもらってから
おむつを替えていただけでしたが、
保育園を退園し、四六時中一緒に過ごす環境になったので
2歳のおたんじょうびから、トイレに連れて行き
トイレの便器に座らせる習慣をつけようとしています。
なんと!今朝は今まで教えたことがなかったおしっこを
“おしっこ出たぁ~”と言いながらおふとんを抜け出し
キッチンにいる私の元へ走って来て教えてくれました!(嬉)

いやいや期で色々と難しい時期。
たとえば飲み物を飲むときに
“エプロンしようね”といって
エプロンを隣の部屋から持ってきてつけてあげると、
“エプロンしない!”“戻すー!”と言いながら
隣の部屋の元あったところにわざわざ椅子を降りて自分で戻してきて、
食事用椅子に自分で座り直したところで、
肝心の飲み物が全部こぼれてしまったのです。
そしたら“え~ん”と泣いて、また椅子から降り、
今置いてきたエプロンを自分で取ってきて、
“エプロンするぅ!”と言って、私にエプロンをつけてもらたがり、
飲み物を注いでもらい、満足そうに飲んでは“おいしー!”と言ったり。
いや~難しいお年頃ですね、やれやれ。

お誕生日のお祝い会は、
いちごが大好きなので、両親が休日にあたる週末に
いちごのホールケーキとお鮨を取ってゆっくり家でお祝いする予定です。
プレゼントは(私がキッズたろう妊娠時の時から夫がずっと欲しがっていたもの・笑)
トミカ峠やまみちドライブにしました。
おもちゃを売っているトイザらスやイオンなどのモールは震災で
天井などが落ちてどこも営業再開未定ですが
アマゾンや楽天、ヨドバシなどのネットで注文をすると幸いすぐに届くので
貴重なガソリンを使うこともなく、ありがたい世の中になったものだと
実感しているところです。
# by chloe_chloe | 2011-04-07 12:42 | growth -2才

35週目の検診

前回から2週間弱ですが検診に行って来ました。
今回はおりもの検査とのことで内診がありました。
ベビは2400グラムまで成長しており、
平均よりやや大きめとのこと。
よく考えてみれば私の体重もキッズたろうの時より
ずいぶんとハイペースで増加していて
すでに妊娠前よりもプラス10キロを超えているのでけれどね。

病院はこんな状況だからか、病院の方針であまり意識しないのか、
体重増加については一切コメントなく、
忙しく動き回る先生や助産師さんばかり。
必要最低限の検査や話で、あまり長々と悩みを話す雰囲気でもなく、、、。
(まぁ、だからといって2人目となると、こちらも特に心配事もないわけで。)

節電とのことで病院内は相変わらず薄暗く、スリッパも廃止され、尿検査も
胴周り計測もなし。
病院から目と鼻の先、数百メートルのところまで浸水しているため
まだまだ復旧の見通しがついていない状態な感じが漂い、
父親、母親学級はやっと再開のおしらせが貼り出されていましたが
マタニティビクスやマタニティヨガ、ベビーマッサージなどは
再開未定とのことでした。

福島県も近いため、放射能の濃度が高い地域からの来院者は
入院患者や新生児に影響を及ぼすとのことで
被爆測定濃度を指定病院でチェックした上で入るよう貼紙がされていたり。

なによりベビの成長を確認できてひと安心。
次回は2週間後ですので、そのころには2500グラムを超え、
いつでも産まれて良いとの太鼓判をいただきたいところです!
# by chloe_chloe | 2011-04-07 12:36 | maternity2 -32-35wks
震災後、キッズたろうの様子に変化が見られるようになりました。
余震で揺れを感じると“ガタガタ、コワカッタ。”と言うようになったり、
そのうちガタガタ→地震に表現が変わり、“地震、怖かった”と言うようになりました。
私や両親など、まわりの大人がどうしても“おおー来たぞー”と動揺して
その都度キッズたろうをだっこしては
テレビをつけたり暖房を消したり窓を開けたりするので
キッズたろうもおびえる表情でなにかが起きると感じ取っているようです。
そして就寝時はアクシュ!と言って私の手を強く握り、
同時に“せなかトントンも!”とせがりたがるようになりました。
眠りに就いても強い力で握ったまま。

以前は救急車の音をピーポーピーポー!と言って喜んで発音していたのに
今はこの音が聞こえると、ピーポーピーポー、コワイ!と言うようになったり
チャイムの音がピンポーン!と鳴るだけで、とても怖がる表情を見せ
私に抱きついてくるようになりました。
こどもなりに地震の恐怖を感じ取っているのでしょうね。
余震は日に数十回だったころからすれば、一日数回に減ってはいるものの、
まだまだ震度3,4などの強めの地震が夕方以降に起こることが多く
おびえるこどもがかわいそうでなりません。
# by chloe_chloe | 2011-04-07 12:31 | growth -1才12ヶ月

震災4。

両方の親に相談し、夫ともやっと連絡が取れたことで決意も固まり、
急遽、仕事を辞めて実家に帰省し初夏くらいまで長期滞在することにしました。

決まればあとは行動するのみ!ということで、
朝の6時からせっせと帰省するために荷物を準備しました。
出産準備用品とこどもの荷物に加えて数ヶ月先まで戻らないという
前提でかたづけを始めたので悪くなる食材を処分したり
最低限の食材を持っていくことになったりしたので
なんと終わったのが14時。
キッズたろうのお世話をしながらだったのでそれはもう大変!
詰めているそばから引っ張り出しては遊び、
食料のふたを開けて粉を部屋中に撒き散らしてみたり・・・(泣)。
洗濯物は実家で干そうと思い、
洗濯機を回し、濡れた状態のままビニール袋に詰めたり、
子供用の木製の食事用椅子やおもちゃも持っていかないといけないので
大量の荷物となったのですが、こんなときに限ってこどもはお昼寝もせず、
姿が見えなくなるたびだっこ!だっこ要求。
外は深々と雪がたっぷりと降り積もっていました、、、。
2階から1階に荷物を下ろすだけで20往復くらい、
玄関から車までも20往復くらいと、
9ヶ月の体でひとりでできるか分かりませんでしたがやるしかありません。
泣き叫ぶこどもを無理やり車のジュニアシートに乗せ、
たっぷりの雪を雪かきをし、荷物を詰め込み、戸締りをし、
保育園に無理を言って夕方までの3時間ほど面倒を見てもらえるようお願いしていたので
保育園に預け、会社へ行き、デスクに座るとどっと力が抜け、
パソコンのログインさえ放心状態で手が動かないほど疲れてきっていました。
隣の部署の女性からは、“ちょっと、どうしたのよー!顔が見たこともないほど
疲れ切っているけれど、、、大丈夫????”と言われるほど。
とにかく一分でも早く引継ぎをしこどもをお迎えに行かなければと考えつつ
引継ぎとご挨拶を済ませたところで保育園からは
○○くんが今日のお迎え待ちの最後のひとりになりましたがいつ頃到着しますか?という
連絡が入り、18時ぎりぎりとなりました。
あわてて保育園にお迎えに行くと、うちのこどもひとりのために
3人もの先生が残って面倒を見てくれていて
○○くんは夜食のおにぎりを4つもぺろりとたいらげましたよー(笑)
10分の延長料金で200円頂きます!とのことでした。
これまで一度も延長保育も土曜保育もお願いすることなく
保育園に迷惑をかけるまいと頑張ってきたのに
最後の最後でものすごく迷惑を掛けてしまい片身が狭かったのですが
こどものクラスの担任の先生は今日が最後ということで遅くまで残っていてくれて
車まで大量の荷物を運んでくれ、
涙ぐんで“ママ、こんな時だけれど気をつけて。元気な赤ちゃんを産んでください”と
車が見えなくなるまでお見送りをしてくれました。本当に感謝感謝でした(涙)。

もう日が暮れていましたがこれからまだひと仕事です。
一部通行可能になった高速道路で圧雪&前が見えないほど吹雪いている峠を越え
実家に着くまで2時間。
着いてからは車→玄関まで荷物を下ろし続け、やっと実家で落ちついたときには
倒れこみたいほどの疲労と安堵感で動けなくなりそうでした。
きっと私がこれまで生きてきた中で一番長く、辛く、慌しい一日だったと思えるほど
だったと思います。

なにも、決断してからそんなに慌てずに
ゆっくり保育園を退園し
会社を辞めてきても良かったのでしょうけれど
どちらにしても3月末にて保育園は退園する手続きは進めていましたし
体もこんな状態ですし仕事も早々引継ぎ書を作成し
後任に8割方引継ぎを済ませていたこともあり、
こどもとふたりだけでこの心細く辛い生活をここで送っていくには
もう我慢の限界だったので、無理して勢いで一日でやり通してしまいましたが
結果的にはそうでもしないとやりきれなかっただろうし
すべてのタイミングが良かったと思うようにしています。
# by chloe_chloe | 2011-03-27 08:05 | life